生成AIの社内ルール(利用ガイドライン)は、ひな形より1枚の表で始める
事務の方が社長に「見積の単価を、AIに入れてもいいですか」と聞く場面で考えます。社長はその夜、「生成AI 社内ルール」で調べ、出てきたひな形を開きます。ひな形には、目的、適用範囲、禁止事項、責任と、条文が長く続いています。「機密情報を入力しない」という条文はあっても、見積の単価が機密に当たるかどうかは、どこにも書いてありません。
ひな形の条文で社員が迷う理由
ひな形の条文で社員が迷うのは、条文が情報の種類で書かれていて、目の前の情報がどれに当たるかまでは決めていないからです。条文に「機密情報を入力しない」と書いても、事務の方は、手元の単価がそれに当たるのかを、その場で判断できません。決められないまま、使うのをやめる人と、黙って使う人に分かれやすくなります。何が機密かの判断を社員に預けたままでは、社員は条文を守りようがありません。
最初のルールは、仕事の名前を並べた1枚の表
中小企業の生成AIの最初の社内ルールは、条文から作らなくても、1枚の表から始められます。表の行には、社員がAIを使っている仕事と、使いたい仕事の名前を並べます。社長が、その仕事ごとに、次の3つのどれに入るかを決めます。
| 分け方 | 入る仕事 |
|---|---|
| どのAIに入れてもよい | 社外に出ても困らない情報だけで済む仕事 |
| 会社で決めた道具にだけ入れてよい | 取引先の名前や金額のように、AIの提供元に届いても、契約で学習に使われないと決まっていれば扱える情報を使う仕事 |
| AIに入れない | パスワードや口座番号、従業員の健康に関すること、取引先との約束で外に出せない情報のように、社外に届くこと自体が困る情報を扱う仕事 |
社員は、条文を読んで自分で判断する代わりに、自分の仕事の行を見て、入れてよいAIを確かめます。
1枚の表の作り方
分け方は社長が決め、表の行のもとになる仕事の名前は社員から集めます。
- 仕事の名前を集める: 社長が社員に、AIを使っている仕事と、使いたい仕事を聞きます。「文章を作る」ではなく、「見積書に添える送り状を書く」のように、仕事の名前で書き出します。
- 扱う情報を書く: 社長は仕事ごとに、AIに渡すことになる情報を書きます。取引先の名前、金額、従業員の名前、お客さまの住所などです。
- 3つに分ける: 社長が、扱う情報を見て、3つのどれに入れるかを決めます。
- 会社で決めた道具を書く: 社長は、「会社で決めた道具」として使うAIを、表の上に1つ書きます。会社で契約したAIがまだなければ、社長はそこを空欄にし、空欄のあいだは2段目の仕事をAIに入れないと決めます。
- 迷ったときに聞く人を書く: 表にない仕事でAIを使いたくなったときや、入れてはいけない情報を入れてしまったときに、社員が知らせる人を1人書きます。社長か、事務の責任者です。
架空の会社で作ると、たとえば次のような表になります。
| 仕事の名前 | 扱う情報 | 分け方 |
|---|---|---|
| 社内の行事のお知らせを書く | 日時、場所 | どのAIに入れてもよい |
| 求人の文面の言い回しを整える | 仕事の内容、勤務時間 | どのAIに入れてもよい |
| 見積書に添える送り状を書く | 取引先の名前、金額 | 会社で決めた道具にだけ |
| 取引先へのお詫びの文面を整える | 取引先の名前、起きたこと | 会社で決めた道具にだけ |
| 従業員との面談の記録をまとめる | 従業員の名前、評価、体調の話 | AIに入れない |
どの仕事をどこに置くかは、会社ごとに社長が決めます。扱う情報で3つに分けた画面の見本を、AIに任せる仕事と、人に残す仕事の線引きに載せています(会社もデータも架空です)。
「会社で決めた道具」を選ぶときに確かめること
「会社で決めた道具」にどのAIを置くかは、社長が、契約の種類と設定を公式の説明で確かめてから決めます。同じ製品でも、法人で結ぶ契約と、個人で使う契約とでは、入れた情報の扱いが違うからです。
たとえば、OpenAIは、法人で契約するChatGPTのBusiness(旧名はTeam)とEnterpriseについて、初めの状態では、使う側のデータでモデルを学習させないと説明しています(OpenAI におけるエンタープライズプライバシー、2026年1月8日更新)。Microsoftは、会社で契約したMicrosoft 365のアカウントで使うMicrosoft Copilot(以前の名前はMicrosoft 365 Copilot)について、入力した文や答え、社内のファイルから取り出した内容を、もとになる言語モデルの学習に使わないと説明しています(Microsoft Copilot のデータ、プライバシー、セキュリティ、2026年7月9日更新)。社長は、契約の条件で、入れた情報を相手の会社がどこに、どれだけの期間残すかも確かめます。
学習に使わない契約でも、社員が入れた文章は、道具を提供する会社のサーバーへ送られます。表に「AIに入れない」の段を残すのは、そのためです。
表ができたあとの使い方
社員が、表に載っていない仕事でAIを使いたいときは、表に書いた「迷ったときに聞く人」に聞きます。社長が表に1行足してから、社員はその仕事でAIを使い始めます。表に行が増えていくことが、そのままルールの見直しになります。
最初にどの仕事からAIを使うかは、中小企業のAI導入は何から始める?で選び方を書いています。
1枚の表では収まらない会社
部署ごとに扱う情報が違い、部署の数だけ表が要る会社は、1枚では収まりません。社員がAIを使う仕事が日ごとに変わり、仕事の名前で並べられない会社もあります。どちらの会社のルールづくりも、この記事の範囲を超えます。
よくある質問
Q. 生成AIの社内ルールのサンプル(ひな形)はありますか。
あります。日本ディープラーニング協会(JDLA)が、企業が生成AIの利用ガイドライン(社内の利用規程)を作るためのひな形を公開しています(生成AIの利用ガイドライン、第1.1版・2023年10月)。条文の形でそろえたいときに使えます。社員が仕事の場で迷わないようにするには、条文に、社員の仕事の名前を並べた表を添えておきます。
Q. 国が出している生成AIのガイドラインはありますか。
経済産業省と総務省が「AI事業者ガイドライン」を出していて、AIを使う側の事業者(AI利用者)に向けた内容も含まれます(AI事業者ガイドライン(第1.2版))。2026年9月28日に確かめたところ、第1.2版が最新でした。
Q. 社員が個人のアカウントでAIを使うのは、禁止したほうがいいですか。
一律に禁止しなくても、仕事ごとに分けられます。禁止するかどうかは社長が決めることですが、「会社で決めた道具にだけ入れてよい」の行の仕事は個人のアカウントでは扱わない、と表に書いておけば、社員は仕事ごとに迷わずに済みます。禁止するかを決める前に、社長は、社員が使う個人のアカウントのChatGPTについて、学習の設定を、社員に画面を開いてもらって確かめることもできます。見る場所と、その画面を根拠に社員へ言える範囲は、ChatGPTの情報漏洩が心配な社長へに書きました。
Q. 個人情報を生成AIに入れてもいいですか。
入れる前に、会社として確かめることがあります。個人情報保護委員会は、2023年6月2日の生成AIサービスの利用に関する注意喚起等で、個人情報を入れるときは、会社が定めた利用目的の範囲に収まるかを確かめ、本人の同意なく個人データを入れるなら、サービスを提供する会社がそのデータを機械学習に利用しないことなどを確かめることを求めています。委員会は、学習に回った個人情報が、別の情報と組み合わさって、正しい形でも誤った形でも、AIの答えに出てくるおそれにも触れています。表では、お客さまや従業員の個人の情報を扱う仕事を、まず「AIに入れない」に置き、社長が1行ずつ見直します。
Q. ルールを破った社員を処分できますか。
処分の決まりは就業規則とのつながりで決まるので、社会保険労務士などの労務の専門家に確かめてください。
明日やること
社長が、AIを使っている社員に「仕事で何に使っているか、これから何に使いたいか」を聞きます。社長は、聞いた仕事を紙に仕事の名前で書き出し、名前の横に、3つのどれに入るかを鉛筆で書き込みます。決めきれない仕事には、鉛筆で丸だけつけておきます。
丸のついた仕事が、見積や請求の前後にあるときは、無料のご相談で、見積から入金までの受け渡しの中で、その仕事がどこにあるかを伺います。そのうえで、最初に直す候補を1つに絞り、理由とあわせて口頭でお伝えします。名簿や口座番号は、お預かりしません。どのAIを会社の道具にするかと、取引先との契約の読み方は、社長が決めることとして残します。その場で契約をお勧めすることはありません。
初回は30分ほど、ビデオ通話かお電話で。資料の添付は不要です。3営業日以内にメールでご返信します。